わくわくケビンのここだけの話わくわくケビンのここだけの話

2018年9月号
8月15日に人々は思う

NPO法人JOYヒーリングの会理事長・ヒーラー
中西研二(ケビン)

8月15日に人々は思う

異常気象で、暑い夏でした。しかし、暑さもピークを過ぎ、朝晩は涼しくなってきました。ひといきついたところでしょうか。

この原稿を書いているのは8月15日、日本人なら忘れることのできない終戦記念日。そしてワンネスムーブメントの創始者シュリ・アンマの御聖誕日でもあります。もちろん同じ日だからといって、何か特別意味があるわけではないと思いますが、マインドは動いて、関連性を持たせようと働きます。

苦しみ抜いた私たちの一世代、二世代前の親たちが体験した悲惨な戦争は、1941年12月8日に、ハワイ、真珠湾攻撃から始まりました。戦争は人々の正常な神経を奪い、優しい人が鬼になってしまいます。1945年の東京大空襲で、わずか2時間の間に東京を焼き尽くし、10万人の命を奪いました。その後、日本各地が空襲で焼かれ、沖縄にいたっては20万人もの人が亡くなったと言われています。そして、8月6日に広島、9日には長崎に新型爆弾である原爆が投下され、被爆後五年の間に広島14万人、長崎9万人が亡くなられたと言われています。

この戦争での死者の数は実に310万人にも上ると言われています。第二次世界大戦全体ではユダヤ人だけでも2000万人と言われていますから、全体では3500万人を超える犠牲者を出したことになります。

戦争の爪痕は、終戦後も長く続きました。人々は食べ物を求めてさまよい、都市に住む人は農家に行って、高価な品物と交換に食べ物を調達する毎日で、中にはわが子さえ捨ててしまう親たちも後を絶ちませんでした。戦争によって親を失った子どもたちは推計で12万人いたと言われます。その子どもたちは全国から上野駅周辺に集まり、雨露をしのぎ、大半が餓死したと言われます。テレビ番組で特集しましたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。その中で85歳の男性が語った言葉が胸を打ちました。13歳のとき、空襲でお母さんを失い孤児になります。食べ物を誰からも与えられない孤児たちにとって、泥棒をする以外生きるすべがありません。「戦争をしたのは大人たちじゃないですか、自分たちに何の罪があるんですか、こうなったら徹底的に社会に逆らって生きてやる、って思いましたね」その考えが変わったのは、人の温もりでした。疥癬(かいせん)を患った時、保護してくれた施設の先生が銭湯に連れていってくれて疥癬で汚くなった背中を洗ってくれたのです。「食べ物や着るものよりも欲しかったのは、人の温もりでした。それがきっかけで真面目に生きなきゃならないと思いましたね」

涙がとめどなく流れました。人が欲しいものは、いつでも人との繋がりを感じる温もりなんですね。

あらためて内側を平和に

あれから73年の年月がたちました。しかし世界は平和とはほど遠く、相変わらず争いを続けています。そして今日も子どもたちが犠牲になっているのです。世界にはストリートチルドレンが溢れています。心から平和を祈らざるを得ません。

折しもO&Oアカデミーでは8月9日から19日までワールドピースフェスティバルに向けたダーシャーシャンティシッディの真っ最中でした。そして15日。この日の平和への祈りの意図が、「子どもたちへの暴力が止みますように」。

人類の苦しみからの解放のためにこの世界にやって来てくださったシュリ・アンマが8月15日にお生まれになったことは、まさにシンクロニシティだとしか思えません。平和を望まない人などいるわけがありません。しかしそれは、私たちの内側からやって来ます。これまでの私は争い事の原因を外に求め、自分を守ることに必死でした。それは身近な人間関係、家庭における両親との関係から夫婦関係、ひいてはわが子との関係でも相手を裁き、かえって事を大きくしてしまう結果を招いています。

まずは内側に平和を樹立することから始めていきましょう。今月から始まる「人生を豊かに生きるための心の断捨離セミナー」をぜひ体験してみてください。内側の平和に大きく貢献することでしょう。

合掌