福祉先進国のスウェーデンで開発された、認知症患者が抱える不安や痛みを和らげるタクティール®ケア。背中や手足に触れるという方法で、多くの効果が実証されています。
日本でそれができる唯一の企業がJSCI(株式会社日本スウェーデン福祉研究所)です。今回は代表取締役社長をされている中込氏に、日本における認知症の現状を含め、これからの医療の在り方をお話しいただきました。

増えゆく認知症患者、
その家族…『触れる』メソッドで
質の高い生活を実現する

対談:中込敏寛氏×中西研二

中込敏寛(なかごみ・としひろ)●JSCI(株式会社日本スウェーデン福祉研究所) 代表取締役社長。2001年よりスウェーデンの福祉研究所と連携をはかり、2005年に同社を設立。2014年には、タクティール®ケア体験セミナー参加者が累計5万人に達するなど目覚ましい広がりをみせている。

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来25年間で22万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。2012年2月には、日本人のワンネスメディテーター6名(現在は8名)のうちの一人に選ばれ、以降ますます精力的に活動している。長年のヒーリング活動が評価され、2015年に『東久邇宮記念賞』を、同年『東久邇宮文化褒賞』を受賞。著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。

きっかけは未熟児をみていた看護師から

中西 認知症のBPSD(行動・心理症状)の緩和ケアに有効なタクティール®ケアという手法。まだ日本ではなじみのないこのメソッドを始めようとしたきっかけは、どういったものだったのでしょうか?

中込 私たちはスウェーデンにある財団法人シルヴィアホームの認知症ケア教育プログラムを導入しているのですが、そのシルヴィアホーム設立のきっかけになったのが、スウェーデンのシルヴィア王妃が、認知症になったお母様の介護を実際に体験されたことによるものだったのです。その経験を通して、認知症の緩和ケアを理念とするシルヴィアホームを設立することとなり、それが全世界に広まっていきました。ここでは認知症に関する先進的な研究がされていて、介護スタッフのスペシャリストを独自のプログラムで養成しています。私たちは、そこと独占契約をして、独自プログラムである認知症緩和ケア教育と、補完的手法のタクティール®ケアを導入しているのです。

中西 シルヴィア王妃が実際に経験されたことがきっかけになったというのが重要ですね。それで、タクティール®ケアはそこで開発されたものなのですか?

中込 タクティール®ケアの始まりは、もっと古く、一人の新生児担当の看護師による善意の行動から発見されました。未熟児を見ているとやはりほかの新生児に比べ、いろいろな数値がどうしても安定しない。特に体温が低めだったそうです。保育器に入っているそういう未熟児の赤ちゃんを、その看護師が見ていて、ふと皮膚の接触が少ないのではと思ったのです。

確かに普通なら生まれたらすぐにお母さんと触れ合いますが、未熟児の場合はずっと保育器に入ったままなのでお母さんと触れ合うことが少なくなります。そこでその看護師は、保育器に手を入れて優しく手足をさすってあげました。そうしたら体温が普通の新生児並みに上がって、食欲も出てきて、発育が促進されるようになったのです。それがきっかけで多くの機関で研究されるようになりました。

中西 なるほど。いい話ですね。

中込 きっかけが、「触れてあげよう」という思いから始まったというのが非常に重要だと思うんですよね。それが母親でなくても効果があったというところも。

中西 しかも、それに科学的な裏付けもあったということですよね?

中込 一つは、オキシトシンという脳内ホルモンが多く分泌されることです。これが分泌されると、幸福感、不安やストレスの減少、学習意欲や記憶力が増すと言われています。

また、コルチゾールという脳内ホルモンが減少することがわかりました。これはストレスを受けたときや興奮するときに分泌されるので、興奮状態が緩和され、落ち着くようになると言われています。これらについては論文がいくつも出ています。

認知症患者のQOL(生活の質)の維持向上を実現させる

中込 タクティール®ケアは、その後、知的、精神的、身体的障害を持った人たちの緩和ケアに用いられるようになりました。それから認知症の方のグループリーディングでケアするやり方をシルヴィアホームの初代所長が検証し、有効だということで、現在のグループホームにつながっていきました。ほかにもガンの痛みの緩和ケアとか、認知症だけでなく、いろいろなところでも活用できるというところが重要だと思うのです。

そして、これからの社会構造を考えると、認知症患者の増加は大きな問題になってくると予想されます。

2014年に具体的な、認知症の社会的コスト(社会全体がこうむる損失)の統計が出されましたが、それによると14・5兆円で、そのうちインフォーマルケアといって家族の負担額は6・2兆円にものぼります。その負担の中には介護離職も含まれ、将来にわたって収入が減るという厳しい環境の中で家族が介護するという現実が浮き彫りになりました。

中西 家族負担が6・2兆円にもなるのですか。

中込 そうです。だから決して認知症だけではないのですが、これから、一番社会保障費を多く費やすであろうところを軽減させ、家族の負担も軽減させ、また、家族や施設の職員の満足感を得られる方法を考えていかないといけないのです。それには、認知症患者へのQOL(生活の質)維持向上を実現させる私たちのやり方を多くの人に知ってもらう必要があるのです。

中西 認知症の薬といっても治癒するわけではなく、進行速度を遅くするだけのものだしね。いまのところ、認知症を治す薬がないわけですから。

中込 そうなんです。しかも専門の医師が少ないので、ちょっとおかしいと思うとすぐに向精神薬が処方されますが、それだとかえって悪化させることもあるんです。だから、触れることでほとんどの人が緩和されるという安全で簡単な方法をもっと活用すべきだと思います。

中西 本当にそう思います。自分は大丈夫というのは一切ないし、突然発症することもあって、家族の不安というのは計り知れないと思います。家庭の医学のように、家族がそういう知識を共有していくようになればいいですよね。

受ける側だけでなく、施術者も幸福感が増す

中込 まったくそうです。スウェーデンでは、小学校で子ども同士がタクティール®ケアしあっています。それで、いじめや暴力行為が減ってきているそうです。

中西 やったー! いいですねぇ。いじめや暴力行為が減るというのはすごく大事。いま児童虐待のニュースが多いじゃないですか。それはやはり、親が、皮膚と皮膚の触れ合う経験が少なく、根幹が孤独なんですよ。だから自分の子どもにも接し方がわからない。どこかでその悪循環を断ち切れないといけないですよ。母子手帳をもらうタイミングで、このことを教えてもらうようになったらいいのに。そうしたら、認知症だけでなく、精神疾患も少なくなるんじゃないかな。

中込 以前、統合失調症だった方がタクティール®ケアを学んで、認定まで取得し、その後、タクティール®ケアができるお勤め先を見つけて働いたそうです。実は、施術される人だけでなく、なんと施術者にもオキシトシンが分泌されることがわかっているのです。だから人にやってあげればあげるほど、幸福感が増してくるのです。

中西 すごいね。人にやってあげると、結局自分が幸せになるというのは、ヒーリングとよく似ていますね。

中込 そうですね。大手企業の社内研修でも取り入れられることがあります。社員同士でお互い触れあうのですが、あとで感想を聞くとだいたい皆さん同じようなことをおっしゃっていました。「帰ったら家族にしてあげたい」と。自分が良かったことをしてあげたいと思う気持ちが生まれることがすごく大事だと思います。

中西 私も受けたことがありますが、本当に心地よかったです。これからは医療関係者はもちろんのこと、病院だけでなく、企業や学校、さまざまな施設で技術を取得できるようになることを願っています。

今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

(合掌)

「いやしの村だより」2019年5月号掲載