種苗店の三代目として在来種・固定種の種を全国で唯一専門に扱う野口氏。種という視点から、世界で起きている農業の問題点を鋭く指摘し、その造詣の深さから講演会はいつも大盛況です。一番身近な「食事」がどれほど危うい状況にあるか、深く考えさせられました。
「一粒万倍」に広がる
生命をつなぐ種を守りたい
対談:野口勲氏×中西研二
野口勲氏(のぐち・いさお)●野口種苗研究所代表。1944年東京都青梅市生まれ。親子三代にわたり、在来種・固定種・全国各地の伝統野菜の種を扱う。種苗店を埼玉県飯能市で経営。店を継ぐ前は、漫画家手塚治虫さんの担当編集者をしていた経歴を持つ。2008年山崎記念農業賞を受賞。
主な著書に「いのちの種を未来に」(創森社)、「タネが危ない」(日本経済新聞出版社)などがある。
中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来24年間で21万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。2012年2月には、日本人のワンネスメディテーター6名(現在は8名)のうちの一人に選ばれ、以降ますます精力的に活動している。
長年のヒーリング活動が評価され、2015年に『東久邇宮記念賞』を、同年『東久邇宮文化褒賞』を受賞。
著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。
子孫を残せないF1種の野菜で大丈夫?
中西 農業にとって農薬や化学肥料の恐ろしさは一般に広まってきていますが、種(たね)に関しても取り返しのつかないところまできていると知って驚きました。
野口さんは在来種・固定種の種を専門に販売されていますが、通常私たちが食べる野菜のほとんどはF1種という種でできているそうですね。
野口 F1種の多くは雄性不稔(ゆうせいふねん)という種で、おしべがありません。それは品種改良でそうさせているのですが、雄性不稔はミトコンドリアの異常で起きるわけで、私たちはミトコンドリアが異常な細胞でできた野菜を「健康にいいから」といって食べているのです。おしべがなくて子孫を残せないような植物を食べて、人間はもちろんのこと、すべての動物に影響はないものか心配になります。
中西 野口さんの著書にも人口減少やミツバチの減少に影響があるのでは、と書かれていましたね。
野口 誰も研究していないことなので私の仮説ですけど、ミトコンドリアはすべての生命体に存在する生命エネルギーの源です。ミトコンドリアが元気だと私たち生物はみな元気でいられるし、ミトコンドリアに元気がなくなると活性酸素が発生し疲労していきます。それほど重要な生命の源なのに、そのミトコンドリアが異常な状態の野菜ばかり食べているのが、今の状況なのです。
中西 在来の固定種を使わなくなった最大の理由は何なのでしょうか?
野口 それはやはり流通ですね。市場効率主義が一番の理由です。いま売られている野菜は決められた規格のものしか流通できません。だからプロの農家は、その規格にあった野菜を作るのです。サイズが揃っていると流通効率が断然違いますから、野菜を安定して供給できます。
中西 F1種は、サイズも成長過程も同じになるのですね。
野口 そうです。在来種だと大きさも成長過程もバラバラです。それがF1種だと一斉に収穫できるので、畑が空いたらすぐ次の野菜を植えていくことができます。そうすれば回転率もいいし、収穫量も多くなるわけで、非常に効率的です。
中西 そうなるとみなF1種を買わざるを得なくなりますね。F1種はどうやってできたのですか?
野口 F1種には二つの原理原則があって、一つは「メンデルの法則」です。系統の違う品種を交配した雑種の一代目には、両親の優性形質だけが現れるという法則を利用したものです。
もう一つは「雑種強勢」です。「雑種は強い」と言われますが、雑種になると収穫が早まったり、収穫量が増えたりします。
この二つの原理原則で、F1種は同じサイズで収穫量が多い野菜ができるというわけです。
基本的にF1種は雑種です。雑種を作るにはおしべを取り除く必要があるので、たいへん手間がかかります。
ところが、偶然におしべのない雄性不稔の植物が発見されたのです。これは便利だとそればかりを増やすようになっていきました。
ミトコンドリアは父方からは遺伝せず、すべて母方からの情報を受け継ぎます。だから世界中の野菜におしべがなくなったのです。いまの品種改良の現場はおしべのない雄性不稔の植物をいかに見つけるか、ということが重要になっているのです。
F1種は世界に波及
中西 人間の体にいいことなのかどうかについては、問題にされないのですか?
野口 国にとって一番大事なことは、社会に安定して食料を供給することです。そのためには効率のよいこの方法がいいのです。日本では、1964年の東京オリンピックをきっかけに、都市部に若者が流出しました。農村に残ったわずかな労働力で安定した食料をまかなうためには、F1種のような品種改良が必要だったわけです。
中西 世界中でそういう流れになってきているのですか?
野口 EUではもっと厳しいです。EUという多くの国が集まったエリアの中で、流通の利便性やユーロというお金の価値の共有性を考えた場合、同じ規格のものであることが重要です。スペインでもドイツでも同じ規格のきゅうりでないと困るということです。だから、自家採種した種でできた野菜は流通できません。規格外の在来種は、家庭で食べることは構わないのですが、政府に認可されていないものを業務に使うと罰せられます。
この状況を心配して、フランスやイギリスには、在来の固定種を守る保護団体があります。
EUも少し緩和される動きもでてきました。昔の野菜のほうが美味しかったし、F1種に未知の病原菌が入ってきた場合、遺伝子の多様性を失った種だと全滅する危険性があると気づいたからです。
中西 それはいいですね。日本もTPPの問題もあるし心配です。
野口 日本でこのことを知っている人はあまりいませんが、アメリカの農家はTPPによって自家採種禁止法ができるのではないかと心配していますよ。
まず在来種で家庭菜園を始めてみては?
野口 私が最初の本を書いたときに、自分でつけたいタイトルは『かわいそうな野菜たち』でした。出版社の意向で変わりましたけど、子孫を残せないような野菜は生命ではないと思うからです。これは単なる「食材」にすぎません。
しかし、本来の植物にはすごい生命力があります。根っこや葉っぱにある表皮細胞で、その土地や環境など周りの状況を判断しているのです。何代か種採りをしていくと、その土地にあった植物になっていきます。
中西 人間も同じですね。そこに地産地消の意味があるのですね。
野口 そういう法則を無視して、今年はニュージーランド産の種を蒔き、翌年にはイタリア産の種を蒔く。これでは一代限りで終わりになり、その土地の持っているエネルギーの継承はできません。
中西 こういうことをやっていると、もともと持っている植物のエネルギーは低下していきますね。
野口 エネルギーも遺伝子も低下していきます。開花した花も生まれた種も小さくなっています。それを化学肥料と農薬でごまかして売っている状況です。
中西 いろいろ根深い問題ですね。F1種が日本に入ってきてから60年近く。そこに農薬や遺伝子組み換えの技術が加わりました。そうやってきたことで人口減少という問題と結びつくのでしょうか。
野口 「文明(culture)」の語源は「耕作」という意味です。たかだか60年ほどの話ですが、野菜が変わったのと同時に、人類の文明が変わったと思います。
中西 これから私たちにできることは何があるでしょうか?
野口 私の話を聞いて興味をもたれたら、家庭菜園からでも始めてもらいたいです。そして種を採ってください。
「一粒万倍」という言葉がありますが、種は一粒から翌年には何千粒にも増えていきます。その次の年には数百万粒になり、億になり兆になります。だからF1種の種がなくなっても、健康な種が残っていれば万・億・兆と増えて、また文明を経済中心から生命中心に戻すことができます。
だから種を採ってくださいと言っているのです。人類はそうやって種を増やし、異なる気候風土に適応させて人口が増えていき、文明が広がっていったと思います。
中西 そうですね。それが私たちにできることですね。今日はお忙しいところありがとうございました。
(合掌)