不思議なおじさん中西研二の波乱万丈、涙と笑いの人生から学ぶ「人間っておもしろい」

不思議なおじさん中西研二の波乱万丈、涙と笑いの人生から学ぶ

「人間っておもしろい」

第6回
遂にてっぺんを極めたぞ!チャンスの女神がくれた世界一

チャレンジ大好き!セールスの世界に身を投じて

やりがいのあるフルコミッションの仕事に燃えていた研二だったが、今でも雪の季節になると、鮮明に甦る思い出がある。

ある日大森駅であるお客さんと待ち合わせをしていた。約束の午後6時より30分早く到着したので、文庫本を読みつつ待っていたがお客さんは1時間待っても現れない。どうしたのかと思いそのお客さんの自宅に行ってみると、奥さんが「主人はもうとっくに帰宅しておりますが、あなたが現れなかったとのことで、立腹しておりました」と言う。「えっ!私はちゃんと待っておりました。どうかご主人にお取次ぎください」とお願いすると奥さんはまた奥に引っ込んだ。しばらくして「申し訳ありませんが、主人がお帰りくださいと申していますので…」きつい言葉を残して玄関の戸がぴしゃりと閉まる寸前に、必死の思いで研二は叫んでいた。「いえ、お会いできるまで待っていますから!」「なんということだ、駅で行き違ったのだろう。お客さんに会わずにこのまま帰ることはできないし、困ったぞ」そう考えてふと空を見上げると、すっかり暗くなった夜空から何やら白いものが、ふわりふわりと舞い落ちてきた。「雪だ、雪が降ってきた」しかし待つと言った以上、ここで帰ったら根性なしになってしまうと思い、そこにずっと立ち続けた。やがて雪が研二の上着を真っ白に覆っても、寒さで凍ってしまいそうでも帰ることは考えなかった。

そしてとうとう夜が明けてきた。朝6時を回った時、家の電灯が灯った。「どうぞお入りください。主人がお会いするそうです」玄関が開き、部屋に通されたとたん「お前のような馬鹿なやつは見たことない。早く契約書をだせ!もう、お前を見て分かったから、もういいから、分かったから」とお客さんは半ばあきれながらも、その真摯な研二を信用して契約をしてくれたのだった。そのうれしさは言葉にならず、ただただ泣くことしかできなかった。しかもその後何人も紹介をしてくれたのだった。

そうやってこなして行ったデイリーワンだったが、誰でも買えるようなものではない高額商品(当時の普通乗用車1台分)なので、普通はそう簡単にはいかない。しかしどっこい研二は普通ではなかった。何としてでも一日一セットというのが、自分に課したノルマだったので絶対にあきらめたくはない。けれどもさすがに夜中まで売れないときのこと、ついにデイリーワンが途切れるかと思ったとき、内側から「あきらめるな!」の声が聞こえた。そこで夜中までやっているところを探した。今のような時代ではないから、そうたくさんはない。「そうだ!交番なら開いている!お巡りさんだ!」と思いつき、新宿西口交番のお巡りさん3人を相手に、持ち前の熱意と説得力とでその商品の素晴らしさを伝え、とうとう契約に成功した。「やったぜ!ベイビー!」

このころから研二は世界一のセールスマンを意識していた。一日一セットだと一カ月で30セットにしかならない。世界水準は100セット以上なのだ。「だめだ!これでは世界一の成績には届かない。何とかもっと契約が取れる方法はないだろうか」と思っている矢先に、新聞記者当時にとても可愛がってくれた大手企業の社長から電話が入った。「お前があまり顔を見せないから、どうしているかと新聞社に電話を入れたらやめたというじゃないか。今何をやってる。とにかく一度顔を出しなさい」と言われた。会社を訪ね社長室に通されて、今やっていることを話すと「今度は君に恩返しをさせてもらう」と言って社長自身が購入してくれただけでなく、ご自分の名刺に研二の名前を書いて、その会社の全国の販社長の名前を入れたものを渡してくれたのだ。「それを持って訪ねて行きなさい。きっと力になってくれるから」果たして言葉通りになり、本社の社長の紹介ということで、各販社では全社員を講堂に集め話を聞いてくれたのだ。もはや一対一のプレゼンではなく、多いときは200人の相手である。しかも社員は給料から天引きで購入することになり、あっという間に世界新記録を樹立した。その社長の恩情には今でも深く感謝している。なぜそれまでしてくれたのか? これについては紙面の関係上またの機会に譲ることにしよう。

しかし「好事魔多し」のことわざ通り、いいことは長くは続かないものだ。やがてセールス仲間の反感を買って、彼らの巧妙な仕掛けにはまり、足元をすくわれるような事件が起きることなど、そのときの有頂天で鼻高々の研二には想像だにできなかった。だが闇は足音を忍ばせながら、音もなく近づいてきていたのだった。

(つづく)

2010年1月15日掲載