不思議なおじさん中西研二の波乱万丈、涙と笑いの人生から学ぶ
「人間っておもしろい」
第8回(最終回)
ケビンはこれからもわくわくドキドキ!泣いたり笑ったり、何一つ無駄はない
夜の新宿で人生相談
研二がやっかいになることになった新宿歌舞伎町ちかくのそのビルは、一階がスーパーマーケットになっていた。
あくる日に何か食べるものを調達しようと思い、夕方下に降りていくと野菜のくずが置いてあった。「おじさん、これ捨てちゃうの?」「え?お兄さんどこの人?」「ここの上に厄介になることになったんです」「な~んだ、○○さんの知り合いかい。そんならこっちのを持っていきな」と快く野菜をくれた。それを聞いた向かいの肉屋からも、魚屋からもいろいろ頂いたのだか、どうして食べたらいいのか分からなかったので「どうやって料理したらいいですか」とたずねると「しょうがねぇなぁ、そんなら俺たちが作ってやるよ」ということで、皆で部屋に来てくれて料理を作り、酒を持ち寄ってドンちゃん騒ぎがはじまってしまった。
それからというもの、毎日誰かしらたずねてくるようになった。そしてあっという間にたくさんの人が毎日おしかけてくるようになり、早く死ななくてはという思いとは裏腹に、夜の新宿で人生に疲れ果てた人の相談に乗るようになっていったのだった。その数は日増しに増え続け常に50人ほどの人が出入りするようになった。
そのとき歌舞伎町で生きている人々を見て、その優しさと仲間意識の強さに驚きさえ感じた研二は、この人たちにこそ成功哲学を教えてやらねばと「セミナー」さえ開催してしまった。受講者はチンピラ、ポン引きの兄ちゃん、風俗嬢、サラリーマンくずれなど、珍妙な人々がずらりとそろってセミナーに参加した。
そのほか人に頼まれておでん屋やイカ売りなどをやったが、いつも人気者でおもしろおかしく商売をしたおかげで売り上げはぐんぐん上がった。新宿界隈で「おでん屋ケンちゃん」と呼ばれていたときは、なんと人気ラジオ番組にまで出演したほどだった。
見失っていた大切なもの
そして老いた父母や妻と3人の子どもを残し、死に場所を求めて彷徨って死に損なった夜から始まった逃亡生活が1年になろうかというとき、父親が夢まくらに立った。「あ~親父が死んだな」と分かり家に帰ってみると玄関に張り紙があった。「葬儀のため留守にしています。会場は○○です。」その地図を頼りに急いで会場に行くと親戚一同が集まっており、行方不明の研二が突然帰ってきたので、みんな口々になじったのだが、妻は「お父さん、よく帰ってきてくれたね、ありがとう」とやさしく迎えてくれたのだった。3人の子どもたちも喜んで飛びついてきてくれた。
そのとき研二は一番大切なものがここにあったということにやっと気づくことができた。「自分はこの大切なものを見失っていたけれど、これからは大切なものを大事にして生きていこう」と決意し家族とともにまた暮らし始めた。そして間もなく思いもよらない出来事に誘われるようにして、ヒーリングの道を歩むことになったのだった。
思い出に飾られてワンネスの輪を広げ続ける
中西研二の人生はこれからも奇跡のような出来事と、愛と喜びに彩られた珠玉のような思い出に飾られて、JOYヒーリングの仲間と手を取り合いながらワンネスの輪を広げ続けることだろう。
どこかでケビンに出会ったら、あなたはすごくラッキーな人だ。なぜならば、見た目は「普通のおじさん」だが、(本当は決して普通ではないけれど、それがいい味なのだ)この人ほどあなたを分かってくれて、認めてくれて愛してくれる人はいないからである。そしてあなたが生きていることの喜びを素直に受け入れて、自分を愛せたとき奇跡を起こすのはあなたなのだということを、心から納得させてくれるこの「おもしろいおじさん」には、願えばすぐに会うことができる。しかしこの出会いが、なんと未来の自分からの贈り物だと分かったとき、ものすごい感動に包まれることは間違いないだろう。
いやぁ、人間っておもしろい。わくわくドキドキしながら泣いたり笑ったり。その一つ一つの出来事にはなんにも無駄がない。ただ自分を愛し信じていけば、そして日常にある幸せを味わい、感謝があれば…そう、それでいいのだ。
完
2010年3月16日掲載