不思議なおじさん中西研二の波乱万丈、涙と笑いの人生から学ぶ
「人間っておもしろい」
第7回
天国から地獄!「もう死ぬしかない!」と電車に飛び込む寸前に…
研二、地獄をみる
セールスの世界でとうとう世界一の記録を打ち立てた研二だったが、ある日成績の上がらない同僚の一人から「どうやったらあなたのように売れるようになるのか、セールスのコツを教えてほしい」と頼まれたので、その夜お酒を飲みながらいろいろな話をした。彼は愚痴を言いながら、社長の悪口を並べ立てていたので、「我々はオフィスを借りて自分で仕事をしているようなものだから、社長の人柄などは関係ない。もしいやな人間だと思うなら、いつか見返してやればいい」などと相槌をうっていた。ところがあくる日出勤すると、社長から「君はもう明日から来なくていい」と言われたのだった。なぜ突然そんなふうに言われたのか解せなかったのだが、なんと前夜話をした同僚がこっそりとテープレコーダーで会話を録音し、いかにも研二が社長の悪口を言っているかのように編集したものを、社長に聞かせたのだった。
まさに天国から地獄、世界一のセールスマンもあっという間にプータローになってしまった。だがある有名大会社の社長に声をかけられて、再就職をし、またまたダントツの売り上げ記録を達成した話は、第4回に掲載されたとおりである。
仕事をするときも遊ぶときも、中途半端が嫌いな研二はなんでも全身全霊をかけて臨むので成績もあがるのだが、時としてそれを快く思わない輩が現れて足元をすくわれる…ということが度々おきてくる。そうして転々と職を変えてきた研二だったが、ある職場でとんでもない濡れ衣を着せられて多額の負債の責任を取らされるような事態になってしまった。そして懲戒免職。またまた「まさか!」の坂を天国から地獄へと転げ落ちるという体験をしたのだ。
「死ぬしか道はない」
その夜会社を出た研二は、下手をすれば刑事事件になって留置場に入れられてしまうか、年老いた両親や最愛の妻と子どもたちに、手錠をかけられた姿を見せるような事態になってしまうかもしれない。一体全体自分はどうなってしまうのかも分からない不安と心労の果てに、「もう生きていてもしょうがない。死ぬしか道はない」と思い至り、なんとか簡単に死ねる場所を探してあてどもなく彷徨っていた。
ふと立ち止まるとそこは高架になっており、下には列車が走っている。「ここにしよう」あたりをきょろきょろ見回したが人影はなく、遠くから列車が近づく音がしていた。「今だ!」手すりに足をかけ、思い切りぐっと身を延ばした。「これで死ねる」と思った瞬間「もしもし、何しているんですか?」という声が聞こえた。はっと我に返って振り向くと、誰もいなかったはずなのにパトカーが止まっており、懐中電灯を持ったお巡りさんが立っていた。「えっ!?えっと…何かね、この下にきらっと光るもんが見えたので…」と口をもぐもぐさせていると「もう遅いから、早く帰ったほうがいいよ」と言われた。
この時の出来事はいまだに不可解である。あれほどあたりを注意深く見渡して誰もいないことを確認したのに、ごく短時間のうちにパトカーがやってきてお巡りさんが現れるなんて、どう考えてもありえない。だが確かにその声に死ぬ気を削がれた研二は、仕方なくまた歩き出した。
しばらく歩いていると前から誰かがやってきた。「どこかで見たことがあるやつだなぁ」と思っていたら「おい、中西じゃないか?」と言う。それは研二がそれまでの人生の中で最も助けてあげたであろうと思う人間だった。「おまえ、今何やってるんだ」と聞かれ事情を話すと自分が所有しているビルに空き部屋があるからそこへ来ればいいということになった。一時的に死ぬことを中断した研二は、とりあえずその夜は友人の親切に甘えることにした。
死ぬのちょっと待った!
人はどんな目的を持ってこの世に生まれてくるのだろうか。その人にしかできないことがあり、それを見つけてやっていくと、楽しくてうれしくて生きがいを感じる。ましてそうすることが、他の人たちに喜ばれるとなると、もう止められなくなる。それを天職と呼ぶが、研二が本気で死と向き合ったときに、まさに天職へ通じる扉がそっと開かれたことを、そのときの研二はまったく分かっていなかったのである。
それから毎日「どうやったら死ねるか」ばかりを思いながら、なぜか「ちょっと待った事件」が起きて死ぬこともままならない事態になっていった。「早く死ななくては…」とあせりつつも、ある人たちとの出会いが思わぬ方向へと研二を連れて行くことになる。その思いがけない出会いは次の日の夕方に起きた。
(つづく)
2010年2月15日掲載